盛岡地方裁判所 昭和61年(ヨ)148号
債権者
民部田秀夫
右訴訟代理人弁護士
石橋乙秀
債務者
株式会社ヒノヤタクシー
右代表者代表取締役
大野泰一
右訴訟代理人弁護士
大沢三郎
主文
一 債務者は、債権者に対し、昭和六一年七月以降本案第一審判決の言渡まで毎月二五日限り金二二万七、三二九円を仮に支払え。
二 債権者のその余の申請を却下する。
三 申請費用は、これを三分し、その二を債務者の負担とし、その余を債権者の負担とする。
理由
一 申立
1 債権者
(一) 債権者が債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定める。
(二) 債務者は債権者に対し、昭和六一年六月二五日から本案判決言渡にいたるまで毎月二五日限り月額金二二万七、三二九円の割合による金員を仮に支払え。
2 債務者
本件申請を却下する。
二 当裁判所の判断
1 債務者が、タクシー営業を主たる目的とし、資本金二、〇〇〇万円で、従業員約二五〇名を有する株式会社であること、債権者が、債務者に雇用され、タクシー運転手として稼働していたことについては、当事者間に争いがなく、また、疎明資料によると、両者間の雇用契約締結の日は昭和五七年二月二四日であり、なお、右雇用契約には期間の定めがなかったことを一応認めることができる。
2(一) そして、疎明資料によると、昭和六一年六月七日、債務者は、債権者が同年五月二六日午前八時三五分ころ重大事故を惹起したのは、労働協約一一条六号、就業規則二八条四号に該当するとの理由により、労基法二〇条所定の解雇予告手当等を提供したうえ債権者を普通解雇したことを認めることができる(同年六月七日、債務者が労働協約一一条六号、就業規則二八条四号に該当するとして債権者を解雇したことは当事者間に争いがない。)ところ、債務者は、債権者は右の事故をも含め四回の業務上の事故を起したものであり、また、これらの事故はいずれも債権者の重大な過失、運転の稚拙によるもので、その態様、頻度等からみて、債権者は注意散漫で改善される見込がなく、無事故安全運転を至上命題とする旅客運送車両の運転者としての資質能力を欠くといわざるをえないから、就業規則二八条四号所定の「技能が著しく劣り上達の見込なく従業員として不適当と認め」るべき者に該当することが明らかであり、また、以上にてらし本件は労働協約一一条六号にも該当する旨主張している。
(二) 右の点につき、疎明資料によると、以下の各事実を一応認めることができる(なお、当事者間に争いのない事実をも含む。)。
(1) 昭和五八年一月二五日午後八時ころ、債権者は、盛岡市川目地内路上で、債務者の営業用タクシーを運転中、方向転換のため丁字型交差点の右方交差道路に後退しながら右折進入したが、その際、後方確認不十分のため、右交差点角にあった電柱に同車フロントフェンダー、ローアパネルを接触させ、同車に修理費用一万四、三〇〇円相当の損傷を与えた。
(2) 同年七月二八日午後五時ころ、債権者は、同市高松四丁目地内で、方向転換のため、運転中の債務者の営業用タクシーを後退させて路端の空地に入れたが、その際後方の確認が不十分であったため、同所にあった高さ約一メートルの鉄柱に同車右側運転席ドアを接触させ、同車に修理費用三万一、〇〇〇円相当の損傷を与えた。
(3) 同五九年八月一日午前一〇時一〇分ころ、債権者は、債務者の営業用タクシーを運転して、同市中央通一丁目八―一三付近路上交差点を右折するに際し、対面直進してくる車両の動向を見きわめないまま漫然右折進行したため、対面進行してきた鹿志村某運転の乗用自動車の右後部に自車右前部を衝突するにいたらせ、右鹿志村運転車に修理費用一五万二、九九〇円相当の、自車に同二万九、〇〇〇円相当の、各損傷を与えた。
(4) 同六一年五月二六日午前八時三五分ころ、債権者は、債務者の営業用タクシーを運転して、同市高松二丁目の道路を進行し、進路前方の交差点を右折しようとしたが、その際対進車両の動向を十分注意しないで漫然対向車線に進入したため、折から対面直進してきた八重樫眞運転の乗用自動車の右前部に自車前部を衝突するにいたらせた。この衝突のため、債権者運転車、八重樫運転車とも、それぞれ、修理費用約二〇万円相当の各損傷を蒙り、また、右債権者運転車は、自動車検査証の有効期間が同年九月八日までに迫っていたため、債務者はこれを修理しないで廃車処理したが、予定よりも早く廃車処理することになったため、代替車両をただちに手配することができず、事故後二四日目にして初めて右の手配を了することができたのであって、結局債務者はその間営業車両一台分を稼働させられなかった。なお、前記(一)のとおり、本件解雇時解雇の理由として債務者により示された事故はこの際のものである。
(三) ところで、債務者の就業規則は、その二八条で、「次の各号の一に該当するときは解雇する。」としたうえ、一号から一二号までにわたって(普通)解雇の基準を設定しているところ、その四号は「技能が著しく劣り上達の見込なく又は勤務成績が著しく悪く従業員として不適当と認めたとき。」との解雇事由を掲げている。
そこで、まず、本件事案が右就業規則二八条四号に該当するか否かにつき検討する。
債務者は、前記(一)のとおり、本件は同号中の「技能が著しく劣り上達の見込なく(中略)従業員として不適当と認めたとき」との要件に該当する旨主張するのであるが、同号該当性の判断にあたっては、相当程度債務者の裁量に委ねられる余地があることは否定しえないところであるとはいえ、同号は、その文言自体及び解雇事由としての規定の性格、目的等にもてらし、要するに、(債務者の主張に即し、労働者の技能の点についてみると、)その技能が著しく劣り改善の見込もなく、そのため将来にわたって企業目的達成に寄与しうるような質、量における労働義務の遂行を期待しえないような労働者との雇用関係を終了させることをその趣旨としているものと解される。
そこで、本件が右のような就業規則二八条四号の所期する場合にあたるか否かにつき検討すると、なるほど、債権者は前記(二)のとおり債務者における稼働期間中四回の業務上の事故を惹起したものであるうえ、右四回の事故はいずれも債権者の運転上の過失に起因するもので、ことに(二)(3)、(4)の各事故については、その過失の程度もかなり大きく、生じた物損の程度にも軽視しがたいものが一応認められる(ただし、(二)(3)の事故につき、債務者が、債権者は鹿志村運転車との接触を意識し、ないしは接触してもよいという気持で、あえて自車を右折進行させた旨主張している点に関しては、本件全疎明資料に鑑みても、いまだかかる疎明がなされているとは認められない。)。そして、以上のような事故の内容を全体としてみるに、債権者の技能、なかんずくその運転態度にかなり問題とされるべき点のあることは否定しえないというべく、債務者がこのような点から債権者を債務者の従業員として不適当と考えたのにはそれなりの理由があることもまた否定しがたいところである。
しかしながら、他方、本件では、本件四件の事故のうち前記(二)(1)、(2)の各事故は、その内容自体、かなり軽微なものであったこと、本件四件の事故全部を通じ、いずれも人損が生じた旨の疎明はなされておらず、債権者が右各事故により何らかの刑事処分又は行政処分を受けた旨の疎明もなされてはいないこと、前記1、2(二)のとおり債権者が約四年三か月にわたる債務者のもとでの稼働期間中四回の事故を惹起したのはたしかにまことに芳しくないことではあるが、その程度自体いまだ極端に頻繁にわたるとまでは評しがたいこと、(二)(1)ないし(3)の三件の事故については、債務者から債権者が何らかの処分を受けたり始末書の提出を求められたりするなどのことがあった旨の疎明はなく、なお、(二)(4)の事故については、債務者は、債権者の賞罰委員会への出頭や上司への報告を求められたが、その際、債権者は、事故を惹起したことにつき陳謝し、自己の過失についても反省の意を表わすとともに、今後安全確認を十分行っていきたい旨の態度を表明していたこと等の事情も認められるのであって、結局、以上の点を総合勘案すると、現段階において債権者の技能が著しく劣るとまで断じうるかにはなお疑問をいれる余地もあり、少なくとも、右各事故を根拠として、運転態度を含めた債権者の技能には改善の見込がなく、もはや将来にわたって債務者の企業目的の達成に寄与しうるような質、量における労働義務の遂行を債権者からは期待しえないとまで評価することには、相当性を失するところがあるといわざるをえない。
以上、要するに、前記のとおり、就業規則二八条四号該当性の判断には、相当程度債務者の裁量に委ねられるところがあることを考慮してもなお、本件はいまだ同号所定の場合にはあたらないと解するのが相当である。
(四) 前記(一)のとおり、債務者は、本件各事故により表徴される債権者の技能不良の事情は労働協約一一条六号に該当するとの点をも債権者の解雇の理由として挙示している(なお、労働協約一一条は、まず、「会社は従業員が次の各号の一に該当する場合のほか、解職しない。但し、第五号あるいは第六号に該当し、解職する場合は組合の意見をきかなければならない。」と規定したうえ、その六号で、「職務の遂行に必要な能力を著しく欠き、且つ他の職場に転換することができないとき。」と規定している。)。
右労働協約が現在も効力を有しているか否かについては当事者間に争いがあり、また、債務者は、かりに労働協約が失効したとしても、右協約の解雇に関する規定は協約失効後も労働契約の内容の一部として労使を拘束する旨主張するが、本件においては、これらの点をいかに解するかにかかわらず、また右労働協約と解雇理由との関係をいかに解するかにもかかわらず、右労働協約一一条六号の趣旨とするところは、その文言及び規定の性格にもてらし、特に就業規則二八条四号の前記趣旨を出るものではなく、すなわち、例えば労働者の技能不良の点が、就業規則二八条四号所定の解雇理由にはあたらないにもかかわらず、労働協約一一条六号により解雇理由として認められるということがありうるというような関係にはないと解するのが相当であるから、右労働協約の規定を本件解雇の理由とする債務者の前記主張はいずれにしても失当というべきである。
(五) 以上検討の結果にてらすと、債権者に対する本件解雇はその効力を有しないというべきであるから、不当労働行為の成否等、その余の争点について判断するまでもなく、債権者はなお債務者の従業員としての地位を有する旨の疎明はなされたものと認めるのが相当である。
3 ところで、債権者が、本件解雇当時、前月二一日からその月の二〇日までの月間稼働営収額の四八・五パーセントを毎月二五日に債務者から給与として支給されていたこと、昭和六〇年六月分から同六一年五月分までの債権者の一か月あたり平均給与の額が二二万七、三二九円であることについては、いずれも当事者間に争いがないところ、さらに、疎明資料によると、債権者は、妻と一三歳の長女を頭とする三人の子があり、従来債権者のみの収入によって生活し、なお住宅金融公庫等に対する債務もあって、本件解雇により給与が支払われないことによりその生活に多大の支障を生じ、本案判決までこのままの状態で推移すると回復しがたい損害を生ずるものと一応認められるので、その他諸般の事情をも考慮し、結局、本件債権者については、解雇の翌月である同年七月以降本案第一審判決の言渡まで一か月につき前記の二二万七、三二九円の割合による金員を毎月二五日限り仮に支払うよう求める必要性の存在を一応認めることができるというべきである(なお、債権者は、同年六月から、雇用保険法所定の基本手当を受給しているが、右の手当は、債権者に対する救済の付与時返還されるべきものとして給付されているものと認められるから、右受給の事実は、本件保全の必要性の判断に格別の影響を及ぼすものではない。)。なお、債権者の本件給与支払の仮処分の申請中、右認定を上まわる金額の支払を求める部分は、これを却下すべきである。
次に、本件の債権者が債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定めることを求める地位保全の仮処分の申請についてみるに、この申請についても、前記2のとおり、被保全権利の存在は一応これを認めうるものの、本件疎明資料にてらしても、賃金の支払とは別に、右の仮処分によりこれを保全すべき必要性についていまだ疎明がなされているとはいえないというべきであって(なお、この点につき保証を立てさせて疎明に代えるのも相当ではない。)、結局右の申請は却下を免れない。
4 以上検討の結果にてらすと、本件申請は、債務者が、債権者に対し、昭和六一年七月以降本案第一審判決の言渡まで毎月二五日限り一か月二二万七、三二九円の金員を仮に支払うことを求める限度において理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないので却下することとし、申請費用につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 木口信之)